大躍進の東京国際大学、そのた立役者である大志田秀次監督を紹介します。
3年連続箱根駅伝出場を決めた東京国際大学ですが、ダークホースではなく
サプライズを起こすかもしれない、そんな大志田監督に注目してみましょう。
大志田秀次(東京国際大学駅伝監督)のプロフィール
大学駅伝の注目校に迫る連載🏃♂️#東京国際大 の大志田秀次監督を直撃‼️全日本大学駅伝予選会ではトップ通過🎉創部9年目、快進撃の秘密に迫ります✨(写真:熊谷仁男)https://t.co/uputUztyOc#駅伝 #ekiden #出雲駅伝 #全日本大学駅伝 #箱根駅伝 #学生三大駅伝
— スポーツナビ・陸上編集部 (@sn_gorin) October 24, 2019
大志田秀次監督は、見た目や話し方から温和・柔和な感じがしますよね。しかし、内面はものすごい厳しい一面を持ち合わせているはずです。
安定したホンダの社員として活躍していた人が、箱根駅伝の監督をするわけですから家族からも相当反対を受けたのではないかと思います。
大学駅伝監督のお給料は優勝請負人みたいなところがあるようで、大学職員もいれば陸上部監督のみの仕事を請け負う、つまり結果が出ないとお役御免。
それを考えると監督業もある種の賭けみたいな側面もある中、大志田監督はあえて今一度駅伝の監督として燃えてみたいのではないでしょうか。
それだけ魅力があるスポーツなのです。
大志田 秀次(おおしだ しゅうじ)
1962年5月27日
岩手・盛岡市生まれ57歳
盛岡工業高校から中央大学。
箱根駅伝は3年1区11位、4年8区区間賞
大学卒業後はホンダに入社。1986年アジア大会1500メートル優勝。1989年に引退し、1991~2001年はホンダコーチ。
1994~1999年は中大コーチを兼任し、1996年の箱根駅伝優勝に貢献した。
2011年に東京国際大監督に就任。
大志田秀次(東京国際大学駅伝監督)の経歴
大学駅伝界で着実に存在感を増している #東京国際大学。2011年の創部時から指導を続けている #大志田秀次 監督に、躍進までの道のりを取材しました。「いまは初めて箱根駅伝に出た時と同じ雰囲気を感じる」という監督。秋の駅伝シーズン、どんな戦いが見られるでしょうか。https://t.co/zwB1FG5Rpl
— 4years. (@4years_media) August 27, 2019
2002年ホンダの社員から、東京国際大学のミスター駅伝こと横溝三郎総監督に声をかけてもらい監督となることに決めたようですね。
※横溝三郎総監督
1964年、東京オリンピックの3000m障害に出場。 1998年、パナソニック女子陸上部監督に就任。”ミスター駅伝”としてテレビ解説でも知られる。
もともと東京国際大学のマラソン・駅伝としての知名度はそんなに高くなかったため、
なんと部員はゼロ状態でした。
部員集めは校内放送から募集してスタートしたのです。
集まったのは陸上の経験者2名、野球1名、マネージャー1名。
普通に考えて部として成り立ちませんね。
しかし大志田監督の長年の経験と知識・手腕により、いろいろな大会で選手を見て東京国際大学に誘致したようです。
東京国際大学2020年の箱根駅伝のエースと言われる、伊藤達彦選手も高校時代は無名。大志田監督に目をかけられています。
全日本大学駅伝の関東地区選考会をトップで通過するようなチームに育て上げた大志田監督なんですね。(昔のスポーツドラマみたい!?)
初めてスカウトした選手たちが4年生になった創部5年目の冬、初めて箱根駅伝に出場すると、総合17位と健闘。前回は予選会で敗れたが、関東学生連合チームの一員として10区を走った照井明人が幻の区間賞を獲得するなど、意地をみせた。
出典 https://sports.yahoo.co.jp/column/detail/201910070013-spnavi
盛岡工業高校 1500mで全国9位
1981年 中央大学入学
1984年 大学3年のとき箱根駅伝1区11位
1985年 大学4年8区区間賞
1985年 本田技研入社
1986年 アジア大会1500m優勝
1991~2001年 本田技研コーチ
1994~1999年 中央大コーチ(1996年優勝)
2000年 NHK箱根駅伝解説者
2011年 東京国際大学駅伝部コーチに就任
※1996年、中央大学のコーチ時代にチームを箱根駅伝総合優勝に導いた名指導者
奮闘中の #東京国際大 。監督はどなただろうと調べてみたら大志田秀次さんなのか。元ホンダ技研(現 #Honda)兼 #中央大 のコーチ。大学時代にホンダ技研の合宿に参加した時に、お世話になった方。納得できた。#全日本大学駅伝
— 和田正人 (@daaaaaawaaaaaa) November 3, 2019
大志田秀次(東京国際大学駅伝監督)の大学や実業団時代の実績
今日は箱根駅伝予選会の取材でした。最後にこの写真を撮ることができたのが一番の収穫でしょうか。東京国際大の大志田秀次監督と中大の藤原正和監督。中大→Hondaと先輩後輩の間柄。昨年は両校とも予選落ちしてしまいましたが、今日、そろって箱根駅伝復活を果たしました pic.twitter.com/e72VnQel9j
— 寺田的陸上競技WEB (@rikujouterada) October 14, 2017
1981年中央大学入学、箱根駅伝3年1区11位、4年8区区間賞。
1985年本田技研入社、
1986年アジア大会(ソウル)1500m優勝。
1991年~2001年本田技研コーチ兼1994年~1999年中大コーチ。
1996年箱根駅伝総合優勝。
2000年からNHK箱根駅伝解説者。
大志田秀次(東京国際大学駅伝監督)の家族は?
#中央大学 学員時報より
陸上競技部長距離ブロック 藤原正和 監督(平15文)と大志田秀次さん(昭60商:東京国際大学駅伝部監督)にお話をうかがいました。箱根駅伝予選会からスタート チームの理想、チームのこれからhttps://t.co/WCEaJN9XY3 pic.twitter.com/ofRgLkF92B
— 中央大学広報室 (@Chuo_PR) February 27, 2017
大志田監督、家族はいらっしゃいます。ただし家族の構成は不明ですね。
まだまだ新興の大学東京国際大の駅伝監督に就任する時は家族の説得が大変だったとの事です。
「本田技研という安定した会社を辞めるので、むしろ家族を説得するのが大変でした」
出典 https://number.bunshun.jp/articles/-/829308
予選会10位突破からの下克上を狙う!創部7年目、2度目の箱根駅伝に挑む東京国際大学駅伝部。 https://t.co/JCeq5arD4Y #numberweb #陸上 @numberwebさんから
— 寺田的陸上競技WEB (@rikujouterada) November 16, 2017
コメントのように、ある程度の年齢にきている会社員が違う世界で稼げて、家族を養えるのか普通ならやっぱり反対されますよね。
現在の大志田監督の活躍を見たら、家族の方たちも納得しているのではないでしょうか。
と、言うよりはちゃんと稼いでいて、本人が生きがいを探せたことに家族としても納得しているのでしょうね。
まとめ
#箱根駅伝 #東京国際大学 #大志田秀次 監督チーム評
創部8年目で2年連続3回目の出場となった東京国際大学。大志田監督は「毎年選手の力がついてきてます。一人ひとりが技量にあった走りをできるようになってきました」と話す。キーマンは「1~3区を走る選手」。 pic.twitter.com/utyebYZ3kA— 4years. (@4years_media) December 25, 2018
・大志田監督のプロフィールと経歴は安定した場所から、敢えて挑戦する道を選んでいるのでした。
・東京国際大学の駅伝部を立ち上げた監督として紹介しました。
・ご家族の詳細は不明でしたが、説得して監督の道を選んだのでした。
大志田監督は選手に寄り添い、彼らの気持ちを大事にする素晴らしい指導者です。
長年の経験を生かしている大志田監督は、選手・コーチとしての経歴は光ってます。
選手一人ひとりが主役であるという指導方針。
エースの伊藤達彦選手に引っ張られて相乗効果が出ている東京国際大学。
大志田監督は強制ではなく自主性を重んじています。
そして大志田監督自身、駅伝で人生をもう一度燃やしてみたい気持ちが伝わります。
東京国際大学をダークホースとしてみるのは、もはや間違っているのかもしれません。
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大志田秀次(東京国際大学駅伝監督)の経歴や家族は?実業団時代の実績も紹介! | こでらんにいなあ!
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